大義名分を掲げる理由は

自分自身の何かしらを

満たすためだったとしたなら






あれがもし虚偽だったとしたなら






君は素直に怒るべきだと







感情 とりわけ怒りを

忘れてしまったのなら

静寂の中 取り戻し

もう一度その胸に入れて








怒りのための怒りは争いしか生まない

でもそれ以上に

無気力ばかりが溢れていて

「何もできない」の催眠術から

今すぐ覚めるべき








――行くな

そんな声が聞こえてくる気がするのは

気のせいなんかじゃない









何の価値があるの?その尊敬に

それじゃあ悪が思いあがるばかり

人生には強く主張する「NO」が必要な時がある







惰性に流されたまま

今までこうだったからなんて

不確かなものばかりじゃなくて

再認識してみればいい







それはもう今までと違っている…








心のやる気を失わせるようなものを

ばらまく事が正しいっていうの?

本当は 誰だって

そんな心を奪うようなもの

欲しがってなんかいないはずだから








すぐにはなれて その道から

それはただ暗いだけの殺風景

侘びしく寂しいその道には

誰も近づく事はない








さあ 離れて 今すぐに

知らず知らずのうちに

命を奪われる事を待つくらいなら

せめて この足を その足を

動かしてみる








誰もが辿りつくべき人を

持っているものだから

今それを失ったとしても

さらなる光は 

君の心に存在したまま

じっと動かない